日本橋左内町にある糸問屋の美濃屋で手代をしている佐吉(さきち)は、一年ほど前に嫁をもらい、通い勤めになりましたが、
その、まだ新所帯とも言うべき家に、ころがりこんで来た伯父の弥太平(やたへい)を、もてあましていました。
弥太平は、十五の歳に経師屋に奉公に入りましたが、二年ほどしかつづかず、
今度は油屋に奉公し直しましたが、そこも一年しか勤まりませんでした。
そのあとは、転々と奉公先を変え、落ち着きのない暮らしをつづけて、ついぞ自分の所帯というものを持ったこともなく、
五十の坂を越えてしまった男でした。
美濃屋の主人の口利きももらって、ようやく雇われ口をさがしてもらった佐吉は、同業の丸子屋へ弥太平をつれて行きました。
佐吉は、「丸子屋さんに勤め通して、そこで死に水をとってもらう。そのぐらいの気持ちじゃないと、勤まらないからね」と、
覚悟を決めるように言いますが、「わかってるって。おめえや美濃屋の旦那の顔をつぶすようなことはしねえよ」と、
弥太平は軽がるしい返事をします。 弥太平を見つめる佐吉の眼には、不信がちらついていました。
読み手:佐塚崇恭アナウンサー
その、まだ新所帯とも言うべき家に、ころがりこんで来た伯父の弥太平(やたへい)を、もてあましていました。
弥太平は、十五の歳に経師屋に奉公に入りましたが、二年ほどしかつづかず、
今度は油屋に奉公し直しましたが、そこも一年しか勤まりませんでした。
そのあとは、転々と奉公先を変え、落ち着きのない暮らしをつづけて、ついぞ自分の所帯というものを持ったこともなく、
五十の坂を越えてしまった男でした。
美濃屋の主人の口利きももらって、ようやく雇われ口をさがしてもらった佐吉は、同業の丸子屋へ弥太平をつれて行きました。
佐吉は、「丸子屋さんに勤め通して、そこで死に水をとってもらう。そのぐらいの気持ちじゃないと、勤まらないからね」と、
覚悟を決めるように言いますが、「わかってるって。おめえや美濃屋の旦那の顔をつぶすようなことはしねえよ」と、
弥太平は軽がるしい返事をします。 弥太平を見つめる佐吉の眼には、不信がちらついていました。
読み手:佐塚崇恭アナウンサー