佐賀町にある船宿橋本で生まれ育ったおつえは、四年前、深川蛤町の材木問屋上総屋の主人喜左衛門(きざえもん)に見染められ、
息子芳次郎(よしじろう)の嫁として上総屋に嫁ぎました。
ある日、おつえのところに遊びに来た妹さちは、家を出ておつえの幼馴染の筆職人、信助(しんすけ)と一緒になることを打ち明けます。
「家を出てどうするつもりなの。それで信助さんは、どう言っているの」と問いつめながら、おつえの胸はひどくさわぎました。
さちは三つ下の異母妹で、義母のたつに似て気が強い娘でした。
「姉さん、少しお金貸してくれない?」と言うさちに、おつえは顎を襟にうめて思案しました。
金をやれば妹の家出に手を貸したことになり、実家の義母や兄に叱られるかも知れませんでした。
しかしさちは、おつえが四年前に、日夜思い描いて、ついに出来なかったことを、いまやろうとしているようにもみえました。
さちはいま信助に夢中なのだ。 生きものの衝動に動かされて、男に走ろうとしている娘を、兄も義母もとめることは出来ないだろう。
でも、この娘はむかし信助と自分の間にあった心の通いを、知らなかったのだろうかと、おつえは思いました。
読み手:小川香織アナウンサー
息子芳次郎(よしじろう)の嫁として上総屋に嫁ぎました。
ある日、おつえのところに遊びに来た妹さちは、家を出ておつえの幼馴染の筆職人、信助(しんすけ)と一緒になることを打ち明けます。
「家を出てどうするつもりなの。それで信助さんは、どう言っているの」と問いつめながら、おつえの胸はひどくさわぎました。
さちは三つ下の異母妹で、義母のたつに似て気が強い娘でした。
「姉さん、少しお金貸してくれない?」と言うさちに、おつえは顎を襟にうめて思案しました。
金をやれば妹の家出に手を貸したことになり、実家の義母や兄に叱られるかも知れませんでした。
しかしさちは、おつえが四年前に、日夜思い描いて、ついに出来なかったことを、いまやろうとしているようにもみえました。
さちはいま信助に夢中なのだ。 生きものの衝動に動かされて、男に走ろうとしている娘を、兄も義母もとめることは出来ないだろう。
でも、この娘はむかし信助と自分の間にあった心の通いを、知らなかったのだろうかと、おつえは思いました。
読み手:小川香織アナウンサー